そらの日記

うつ病から統合失調症へ。パーソナリティ障害を抱えながらただいま治療中。2017年1月16日。約4年ぶりの社会復帰しました。続けられるか、大丈夫なのか不安はありますが頑張ろうと思っています。自分自身と向き合う為に、1日1日おきた出来事、体調などを書いていきます。。

病院の日


今日は雨だったので
歩いて病院まで行ってきました。

また今日も1時間。
先生と世間話をしながら
自分のこと、話してきました。

私が通ってる病院の
次の新しい先生に
私のことを任せられるか
考えていたらしいです。

でも今病院変えるのは
もしかしたら得策じゃないかもと
言われました。

私の症状が良くなってない今
違うところに通うストレスが
発生してしまうんじゃないか。
そんなことを仰っていました。

私はもう自分がよくわからなくなっていて
何がつらいのか。
何をしたいのか。
そんなことさえわからないのです。

でもどうなりたいのかは
わかっているかもしれません。

精神科に通う前の自分に戻りたい。
だけど戻れないのもわかっています。

もうあの頃の私はいない。
それにあの頃の自分って
どんなんだったっけ?と
忘れてしまってる部分もあります。




そらさんは頑張ってると
認めてくれる人が本当は必要なんだと
先生に言われました。
家族には期待出来ない。
今は先生がその役目をしてくれてる。

何度でも言うよ。
そらさんは頑張ってる。
そこは誇れるところだから
自信を持ってと言われました。

先生にあと何回診てもらえるか
聞いてみたら
やっぱりあと2回だそうです。

きっと何も解決しないまま
次の先生へ引き継がれます。

最初は自分のこと話すの
難しいと思うから
時間がかかるかもしれないと
言われました。

病院しか拠り所のない私には
つらい期間ができるだろうと。

ごめんねって。
謝ってほしくないのに
本当にごめんねって。

先生ってどこまで優しいんだろ。



あと2回しかない中で
これからの方向性だけでも
先生と決めていきたいと思います。

次は金曜日。。
時間がない。。。

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  1. 2017/03/21(火) 18:16:53|
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病院の日


仕事帰りに病院へ。

今日は外来日だから
たくさん時間を取れるように
また最後の患者にしていただきました。

今日もたくさん話してきました。

私の現状、過去
考え方、今後について。


私の現状は思わしくないです。
これは今はどうしようもなくて
私の思考回路が変わらない限り
続くであろうとのこと。

今は考えなくてはいけないことがあって
その中で生きづらさをどこまで
軽減させられるか。
それが私に課せられた課題でもある。


今日は過去についても少し
話してきました。
高校時代と母との関係について。

そらさん、淡々と喋るんだねと
言われてしまいました。

普通の人なら
ちょっと聞いてくださいよ!って
感情的になったりするのに
やけに冷静で
しかも母の分析までできていると。

つらい話なのに
笑って話すんだねって。

でもそれってある意味
健全ではないよねと
言われてしまいました。

でもそれが私が今まで生きてきた中で
身に付けてしまった生き方。
今更何を考えても
過去は戻っては来ない。
だから客観的で冷静なのかもしれない。

でも笑うしかないんです。
笑って話さないと
きっとまた母を憎んでしまうから。
意味のない争いは
もうしたくないから。。


今後について。
今みたいには診てもらえなくなる。
今の主治医だから診てもらえてる。
4月からはまた
新しい先生とやり直しです。
短い時間の中で。。。

でも忘れないでほしいと。
遠くに行ってしまうし
もう直接は診てあげられなくなるけど
遠くから応援してくれる人がいること。
味方でいてくれる人がいること。

僕はそらさんのこと
応援しているからねって。。

その言葉、嘘でも嬉しかった。

直接診てもらえなくなったら
先生から「私」という患者は
消えていく。

でも言ってくれたその言葉を
自分の胸にしまって
頑張ろうって思えた。

本当にいい先生に出会えて
私は幸せだったなって思った。

あと多ければ3回。
先生に頼れるのもあと少し。

これからますます不安だけど
なるようになる。
そう思って頑張ろうと思います。

なんか今日は
いつもより泣きそうだな。。

  1. 2017/03/17(金) 18:31:17|
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病院の日


今日は朝から健康診断だった為
早起きして新宿まで。。
昼前に帰ってきて少し仮眠。

時間になり病院へ行きました。

今日も約1時間。
1週間の様子、出来事など
話してきました。

まだ毎日のつらさから
抜け出せないこと。

叔母から言われたこと。

仕事のこと。

たくさん話してきました。



叔母に家にお金を入れろと
今日言われました。
貯金もしろと。

正直、今のお給料で
家にお金を入れるのは厳しい。
叔母はカウンセリングは
自分のお給料で受けろと
前に言っていた。

家にお金を入れてたら
カウンセリングは受けられない。

でも私は少なくても
家にお金を入れようと思う。
例えカウンセリングが
受けられなくなっても
叔母の言うことを聞こうと思う。

先生にもこの話をした。
要求がエスカレートしてるねと。
私をどこまで追い込めば
叔母は気が済むんだろうって話。

最初と言ってること
変わってきています。

どんどん追い込まれていきます。



今日も病気のプリントを
先生と一緒に見ました。
やっぱり当てはまることが多く
病気への確信を得ました。

私、今、病院へ通うの
1週間ももってない。
だから次の予約は金曜日にしました。

先生がいなくなれば
多くても週1しか通えなくなる。
大丈夫かなぁって話をしたら
僕もそれが心配と言われました。

私の逃げ道がどんどんなくなって
つらくなる日が増えるかもしれない。
でもこれは仕方のないこと。
受け入れるしかありません。

もうやだな。。。

  1. 2017/03/14(火) 21:15:13|
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病院の日


今日、病院へ行ってきました。

あまりのつらさを訴え
ついでに叔母との会話を伝えました。


みんな酷なこと言うねって。

そらさんはつらいながらも
精一杯頑張ってるのにねって。

その頑張りは僕には
ちゃんと伝わってるよって。




泣こうかって。

泣いたらいいよって。

ここで思いっきり泣きなって。

この時間だけは
ひとりじゃないからって。

安心して泣いていいよって。




涙がずっと止まらず
先生も帰るに帰れないと思い
最後の方は私から先生に
もうひとりで大丈夫ですと伝え
診察室を出て
誰もいない待合室で泣いていました。

でも先生、診察室を出てきて
しばらく近くにいてくれました。

ティッシュ持ってきてくれて
お水持ってきてくれて
大丈夫だよって言ってくれた。




お会計の締切時間があったから
また泣きながらお会計して
泣きながら帰ってきました。

家に着いて
ひとり、声を上げて泣きました。




もう何がつらいのか
よくわからなくなってきました。

でも今まで少し無理をして
頑張ってきた生活が
崩れていくような気がしました。

伝わらないかもしれないけれど
そのくらい今の私には
この毎日の生活がつらいです。




でも私は今
何事もなかったかのように
普通にしています。

叔母や家族の前では
泣けないのです。
なぜだかわからないけれど
泣けないのです。

私、まだ頑張れるかな。。。

  1. 2017/03/10(金) 20:13:51|
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叔母の意見


この間の病院の日に
帰ってきてから叔母と話をした。

病院どうだった?

と聞かれたから

私の今の状態(全部は言えなかったけど)
先生の意見
貰ったプリントを見せる

ということを勇気を出してやってみた。

叔母はプリントを見ながら
人は誰しも大なり小なり
こういう気持ちを抱えてる。
そらだけじゃない。

時には休むことも必要だという
私の主治医の意見には反対。

そらが仕事に行けなくなったら
私が耐えられない。

自分を過小評価する意味が
わからない。

などなど。。

とにかく全否定。
私の気持ちや状態を聞いても
とにかく今は仕事にしがみつけ。

それだけ言われました。

唯一認めてくれたのは
小さい頃の愛情は確かに
足りなかったと思うということだけ。

つらいのは誰しも同じ。
その意見は私も納得できるけど
だからって私が皆と同じかと言われると
そういうわけではないと思った。

だから病気なのであって
他の人と私を一緒にしてほしくなかった。

何のために病院へ通い
何のために薬を飲んでいるのか。

なんにもわかってないんだなと思った。

私には理解してくれる人がいない。
改めてそう思った。
母も姉も叔母も。。
みんな何もわかってくれない。

私がどれだけつらい毎日を送って
どれだけ力を振り絞って生きているのか
理解はしてもらえないと思った。

人には人それぞれの意見がある。
だから叔母の思うことは
ひとつの意見なんだと思う。

でも私を引き取った時の気持ち。
私の病気を理解しようとした気持ち。

それらは私が働きに出たことで
全くなくなっているらしい。

働けてるんだから大丈夫。。

それが叔母の意見。

本当のつらさなど
わかってはもらえなかった。

私は障害者手帳を取得し
障害者枠で今の会社に勤めている。
それを忘れてしまったのか。

普通の人と同じように出来ないから
障害者手帳を取得し
障害者枠での雇用を最終手段として
選んだわけである。



もう誰かに理解してもらうことは
半分諦めている自分がいます。
何を言っても何をしても
私のつらさなど
分かってもらえないのである。

ひとりで抱えるのが
私に残された道でした。

今は主治医が良い先生で
私のつらさや生きにくさなど
とても理解してくださいます。

でもそれもあと少し。

次の先生のことはわからないけど
病院が私の拠り所なので
理解してくださるといいな。

とりあえずもう私の周りの人に
病気の話をすることは
やめてしまおうと思う。

なぜなら
わかってもらえないし
わかってもらえないことで
自分が余計につらくなるから。

勇気を出したけれど
言葉でねじ伏せられました。

もうひとりになりたい。。。

  1. 2017/03/09(木) 20:30:14|
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